見ちゃった
こんにちは、八咫烏です。
前回、生命の平等と不平等って事でブログを書きましたが、Chat GPTの解答は
以下の様なものでした。
「自然界においては人間の持つ倫理や感情は当てはまらず、すべての生物が
生態系の一部として生きているに過ぎない。
動植物の弱肉強食という循環は、どちらが優れているとか、どちらが犠牲に
なっているというわけではなく、生態系全体の調和を維持するためのプロセスと
見ることができる。」
これって、ガイア理論の影響を受けた回答のように思えるんだけど
どうでしょうかね?
さて、今日は今までと全く違う系統のお話です。
2020年4月 米国防総省は、ネット上に出回っている映像について、米海軍の
パイロットが撮影したものでフェイクではないと認めました。
報道では、UFO(Unidentified Flying Object)と訳されていますが、米国防総省では
UAP(Unidentified Aerial Phenomena)未確認空中現象と呼んでいるようです。
宇宙人の乗り物と言うイメージが強いUFOではなく、何であるか その正体は
確認できていないが、見間違いやフェイクではない何らかの現象が存在していると
言いたいようです。
この話、ネットで偶然見かけたのですが これ見てたら思い出しました。
僕も見ちゃったことが有るんですよね。正体不明の光を
あれは、だいぶ昔の話なんですが 沖縄県の石垣島に行っていた時の事です。
夜ご飯を食べに行こうと、万世館通りを石垣港方面へ向けて歩いていました。
ふと空を見上げると、二つの白い光が見えました。
大きさや明るさは、金星位だったと思います。
その二つの光が、お互いを追いかけるようにくるくる回りながら
スーッと音も無く海の方へ飛んで行きました。下の絵のような感じです。


こんなくるくる回る光の目撃談なんて、あまり聞いたことが無いので
夢か幻かと思ってしまいます。
確か、昔見た X-ファイルと言うアメリカのドラマのオープニングで
似た映像が流れたことが有ったと思うのですが、探したけど見つかりませんでした。
これを見た時の感じは、恐怖とか驚きとかは無くて
「あ、見ちゃった。」って感じでした。
生命の平等と不平等
こんにちは、八咫烏です。
さっき ふと思ったんですが、肉食獣は草食獣を食べますが
草食獣は肉食獣に食べられるだけで、やり返すことが無いのではないか?
水牛がライオンに襲われた時に、角を振り回しライオンにぶっ刺して
撃退する事は有るかもしれないけど、それは まれな感じがします。
で、ChatGPT に、聞いてみた。
以下は、そのコピーです。
私の質問
私が質問したいのは、生命の平等についてです。肉食獣は草食獣を狩りをして食べますが草食獣は、やられっぱなしです。これって不公平じゃないですか?
ChatGPTの解答
あなたの質問は非常に哲学的で、生命の本質や自然界の仕組みに関わる深いテーマですね。肉食獣が草食獣を狩るという現象は、自然界の食物連鎖(エコロジカル・ピラミッド)の一部であり、それが生態系のバランスを保つ仕組みの一つです。しかし、その視点から「公平・不公平」を判断するのは、私たち人間が持つ倫理観や感情の枠組みを自然に当てはめることになります。
自然界における公平性とは?
自然界では、「公平」という概念は基本的に存在しません。すべての生物は、生き残り、繁殖するために最善を尽くします。その過程で他の生命を犠牲にすることも避けられませんが、それが「悪い」ことだと判断されることはないのです。草食獣もまた、植物を食べることで植物の命を絶つわけであり、そこにも「公平」「不公平」は存在しません。
肉食獣と草食獣の関係
肉食獣の役割
肉食獣が草食獣を狩ることで、草食獣の個体数がコントロールされます。もし肉食獣がいなければ、草食獣の個体数が爆発的に増え、植物資源が枯渇してしまうでしょう。結果的に、生態系全体が崩壊する可能性があります。
草食獣の適応
草食獣もまた進化の中で、肉食獣から逃れる能力(素早さ、カモフラージュなど)を発達させてきました。つまり、自然界では「絶対的な弱者」は存在せず、生き残るための努力や戦略が見られます。
人間が感じる「不公平」
人間は倫理観を持つため、「弱い者が犠牲になる」という状況に対して不公平だと感じることがあります。それは、人間が他者に対する思いやりや共感を持つ生き物であるからです。しかし、自然界においてはこのような「倫理」や「感情」は当てはまらず、すべての生物が生態系の一部として生きているに過ぎません。
別の見方
生命の平等という点で言えば、すべての生物は「生きる権利」を持っています。草食獣が植物を食べ、肉食獣が草食獣を食べるという循環は、どちらが優れているとか、どちらが犠牲になっているというわけではなく、生態系全体の調和を維持するためのプロセスと見ることができます。
こうした視点を持つことで、自然界の「公平・不公平」という枠組みを越えて、生命そのもののつながりやバランスについて新しい理解を得られるかもしれません。
興味深いテーマですね!哲学や生態学にさらに興味があれば、ぜひ調べてみてください。
んー
分かったような 分からない様な 何だかすっきりしない。
自然界には、生きる権利とか 平等不平等 善悪と言う概念が、そもそも存在しない
って事でしょうか?
そこには、何者の意思も存在しない 単に生き物の進化の歴史とか
生態系のバランスの結果が連綿と続いてるだけと言う事でしょうか?
また、今夜も寝られなくなりそう。
神の世と人の世
こんにちは、八咫烏です。
ここの他にも、ビルのすぐ隣等に神仏が祀られている所がいくつか有ります。
下の写真は、クリスロードと呼ばれる仙台駅前から延びるアーケード街ですが

このアーケード街の中に、三瀧山不動院と言う不動明王を御本尊とした
お寺が有ります。

なんか、こうして写真を見てみると右側の回転寿司と
不動院では、同じ時空間ではないみたい。
そして2階には、守り本尊が祀られています。

この隣の建物では、回転寿司でみんな寿司食ってるんですよ。
お次は、西宮大神宮


藤崎デパートと言うビルの屋上に祀られていて、なんでこんな所に?って
思っちゃうけど、ちゃんと御朱印も戴けるんですよ。
お次は、金蛇水神社

仙台三越の隣に祀られています。
この写真、Googleのストリートビューの物なのですが、スクリーンショットを
撮ろうとした時に、アーケードの柱が神社に被ってしまって邪魔だったり
見る位置を移動させたら行き過ぎだったり、ちょっと困っておりました。
どうしようかなと思っていたら、キーボードを何も押してないのに
画像がするっと動き、この画像になりました。
その時は、さすがに ゾゾゾっと 鳥肌立ちました。
(いや、本当なんですって うそじゃないんですよ奥さん)
何かで読んだけど、神様もブログなどで紹介されると嬉しいらしいです。
金蛇水の神様もいい感じで見て欲しかったのかもしれませんね。
通勤しようと思ったら
こんにちは、八咫烏です。
それは、良く晴れた日の いつもと変わらない通勤の日の朝でした。
会社へ向かうため、仙台駅の方へ歩いていたのですが、ふと不思議な感覚に包まれました。

いつもは、写真の左側に有る仙台駅の方へ歩いて行くのですが、この日は
何故か右の道の方へ歩いて行きたくなりました。
(写真左奥の茶色い建物が仙台駅)
まだ時間に余裕が有るし、ちょっと回り道していこうかと軽い気持ちでおりました。
すると

何やら見えて参りました。(この写真は、後日撮影したものです。)

こんな、仙台駅近くのビル群の中に、手入れの行き届いた神社が祀られていました。
祀られていたのは、鹽竈神社


お隣には、三吉神社が祀られておりました。
社畜モードで、シャカシャカと歩いていた僕に鹽竈神社の神様から
「ちと、寄って行け。」と、お誘いの言葉を掛けて頂けたのでしょうか?
霊能一代
こんにちは、八咫烏です。
今回は、「霊能一代」と言う本の紹介です。
この本は、伏見稲荷のオダイである「砂澤たまゑ」さんの自伝の様な本です。
オダイとは、お稲荷様からのお告げを聞き、人々に伝える役目を持った人の事
だそうです。
本の文面は、砂澤さんが本人の人生を「私の人生は、稲荷大神様によって導かれた。」と言うような回顧録風に語っているけど、砂澤さん本人が直接書いたものではなく
砂澤さんが語った事を内藤さんと言う方が本として纏めたみたいです。
と言いつつ、僕はこの「霊能一代」と言う本は、読んだ事が有りません。
初版本は、20年ほど前に出版されたのですが既に絶版され、メルカリ等では
高額で取引されていたため手にする事は有りませんでした。

なんと ¥60,000なり!
で、「霊能一代」を手に入れることはあきらめて僕が読んだ本は、砂澤さんの話の
聞き手であった内藤さんが書いた「お稲荷さんと霊能者」と言う本です。
「霊能一代」とほぼ一緒の内容のようですが内藤さん目線で、砂澤さんのオダイとしての人生が語られています。

しかし、もう手に入れることは不可能と思っていた「霊能一代」が復刊されました。

書評は、僕の主観がかなり入ってしまうと思うので控えておきます。
以上、「霊能一代」のご紹介でした。
露神の祠
こんばんは、八咫烏です。
先ずは、こちらの写真を見てください。

広い草地にぽつんと立つ一本の木
何だかここの雰囲気が好きなんですよね。(場所は、宮城県名取市)
近付いてみると

この木、こんもりと盛り上がった土の上に立っているのですが
この盛り上がった部分は、4世紀頃に作られた遺跡なのだそうです。
えっ?仙台に遺跡ってあるの?と思われる方も居るかもしれませんが
仙台市の南部には、割と遺跡が多いのです。

この写真は、仙台市若林区遠見塚に有る前方後円型遠見塚古墳です。
あまり知られていないですよね。
さて、先程の木がぽつんと生えた古墳ですが「賽ノ窪30号墳」と呼ばれています。
近付いてみると

木の根元には、小さな祠が祀られています。

この祠を見ると夏目友人帳の1期第2話「露神の祠」の話を思い出します。
その話のあらすじは、「七つ森に有る小さな祠、今では高齢のハナさん一人しか
この祠を拝みに来る人は居ません。ハナさんが亡くなってしまえば、この祠に
祀られる露神も力を失い消えてしまう。」と言う話でした。
僕は、この写真の祠の裏から ひょっこり小さな神様が出てきそうに
思えてならないのです。
この祠に関して、ちょっと気になる事が有ります。

祠の横に、月日神社と表示が有りますが、僕が探した限りでは
宮城には他に月日神社と言う神社は有りません。
調べてみたら奈良にも月日神社が有りました。
飛鳥時代には、飛鳥朝廷から宮城県名取市付近の豪族へ「くぶつちの大刀」が
送られたりと、交流が有ったそうなので もしかしたら、奈良の月日神社を
名取市に勧請したのかもしれませんね。
悠久の時の流れを感じさせる、色々と気になる祠なのでした。
空海さんは、神様が見えてたのかな?
こんにちは、八咫烏です。
最近、空海さんの事が気になりだしました。
特にきっかけの様なものは無かったと思うのですが、なにやら磁石に引き付けられる
ように空海さんの事が気になって仕方が無いんですよね。
以前、バンブルビーさんから、お知らせらしきものが有り 道元さんの本を
色々 買ったのですが、それらを全部読み切らないうちに 今度は、空海さんに関する本を何冊か買ってしまいました。

どんどん、溜まっていく
空海さんは、日本全国に逸話を残した方ですが、高野山を開山する時には
この地の土地神である丹生都比売神に、この土地に寺を建てる許しを受け
同時に丹生都比売神を祀る丹生都比売神社を立てたのだそうです。
これが単なる逸話ではなく、本当の事であるなら 空海さんは、神様が見えて
直接お話しできたと言う事ですね。
そして、丹生都比売神から許しを受けたと言うのが逸話だとしても、密教僧の
空海さんが、神道の神を敬い神道の神の為に神社を建立したと言うのが凄い所だなと
思います。
僕の住んでいる宮城県には、空海さんによって開山されたと言われるお寺と神社が
有ります。
それは、名取市に有る 引誓寺(ぐぜいじ)と館腰神社です。
引誓寺を建てるにあたって、京都の伏見稲荷を分霊したのだそうです。
寺を建てるのに、何故 伏見稲荷の分霊?と、思うのですが 神様とお話の出来た
空海さんだとすれば、神様と何らかの決め事が有ったのかもしれませんね。
引誓寺と館腰神社は、すぐ隣に有ります。
今回は、館腰神社側から入りました。


館腰神社
御祭神については、下の写真をご覧ください。


一番左が館腰神社、右側の二つは引誓寺の建物です。
引誓寺の御本尊は、不動明王。

空海像
この、空海像の前で手を合わせて「空海さんの教えを学んでいきたいと思います。
どうぞ、ご指導宜しくお願いします。」と、お願いした丁度その時
顔に2,3滴の水が垂れてきました。
この日は、前の写真を見ていただいて分かる通り雲一つ無い快晴です。
最初は、虫か鳥にひっかけられたのかと思ったのですが、その姿もない。
んー、合理的に考えられるのは、隣の木に溜まっていた夜露が飛んできた
のかな?と言う事ぐらいです。

この右側の木から水滴が飛んできた?
「お願いします。」と言った時に飛んできた そのタイミングから
空海さんの、お返事だと思いたいです。